2009年8月31日 筆者 多田千香子
カボチャ入りチーズケーキ
ゲンさんの豪州土産。「ジョークだから」というお菓子に袋ラーメン
屋根まで伸びたゴーヤ=いずれも京都市中京区
「オーストラリアの百姓じいさん」を名乗るゲンさんからメールをもらったのは7月だった。「あなたに投資したい」とあった。ハァ? 知らない人からおカネの話なんて。丁寧な文章がつづられていた。
高価な業務用オーブンを手に入れるかどうか悩む話を読んだ2年前、何とか手伝えないかと思った。「いいトシをして何者でもない自分」とつづったコラムに若いころの自分を思い出し、何か手を貸せたらと改めて思うようになった…。
ヒャー、ぶーっ、何じゃそりゃー。ヘタなヴァイオリンのような三重奏になる。投資って言われても。私の心は見透かされていた。「真剣に聞いてくださる方でしたら、他の方が同席されても結構です。急にこのようなメールを受け取ると、眉つば…とお考えかもしれませんが、会えば心配も解消すると存じます」。
自身の写真も付いていた。スキンヘッドでヒゲ面の男性が、真っ青な海を背にポーズを決めていた。おっかなそう。どうしよう。投資話はどうでもいい。でも豪州の農家には会ってみたい。いざとなったらインド旅行で思いついたエコシステム「1オフィス1ヤギ運動」でも提案してケムに巻こう。同席者がいると「疑っています」と言っているみたい。1人で会おう。
はたして彼は一時帰国中、わざわざ京都のアトリエにやってきた。「やあ!」帽子をあげる。スキンヘッドが現れた。すぐ分かった。「豪州においしいものなんか、まるでないから。コレはジョークです」。そう言って真っ赤な袋入りラーメンとギトギトに甘そうなクッキーをくれた。
身の上話を聞く。自動車会社勤務からヘッドハンティングされて外資系へ移ったという。思うところあって住職になったが、ムラ社会に嫌気がさして40代後半に移住した。豪州にしたのは「消去法で」。25年前からブリスベン近郊の農地12ヘクタールでバナナを育てている。数年前まで3食付きの農家民宿も営んでいた。説法も聞ける宿として人気だった。70歳を前に隠居を決め、農地は売りに出している。妻とともに暮らし、日本に帰国する気はない…。波乱万丈というか、何というか。一粒で3度おいしい人生だな。
「私のことはいいから。で、投資したい」。本題を切り出された。ついに来た。おカネはいらない…と言い切らないのが我ながらいじましいが、まぁ何とかなっている。円よりご縁をいただければ。豪州の農園を案内してもらえたら…。こう言うと首を振った。「縁っていっても日本人、もう知らないし。あなたの夢は何ですか。応援したいんです」。ハァ…。「1オフィス1ヤギ運動」なんてオチャラケ、言ったら失礼だな。疑っていたのが申し訳なくなった。むしろ私こそペテンで持ち逃げするかもしれないのに。
手製のカボチャチーズケーキを出す。話していると元職場の先輩フクチャンがやってきた。畑を借りている農業好きの彼女が現れるのも、偶然にしては出来すぎだ。「おお、あなたがフクチャンですか」。拙著にも登場する彼女に、お坊さんらしく呼びかけた。2人に屋根より高く伸びた庭のゴーヤを自慢する。近所のメグミさんから苗をもらい、1日も水やりしないのに育った。こう言うと2人は「これぐらい普通」と声をそろえた。でも放任すぎたか、1つも実がなっていない。またしても2人は「もうすぐ育つよ」。同じセリフを言うのだった。
もう5時間も話していた。改めてお礼を言う。「もう、ありがとうは言いっこなし!」。さっそうとホテルに消えていった。
豪州に戻ったとメールがあったころ、ゴーヤも小さな実をつけた。なんだか不思議だ。「たった1人で京都の夜を、チーズケーキ(クローブ入りですね?)とラムであなたの明日のために、グラスを傾けたのでした、とさ。釈迦に説法かもしれませんが、毎日きちんと料理して食べて。お元気で…」。
心がじんわりする。確かにインドで買ったばかりのクローブを入れて焼いていた。少しスッーと香るぐらいなのに。分かってくれたんだ。
こんな出会いもあるんだな。まだ空回りも多いけれど、応援してくれる人がいる。ドンマイドンマイー。ゲンさんには「頑張らなくていい!」と言われそうだけれど。
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