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2009年7月6日                                                                 筆者 多田千香子

写真15世紀に建てられた料理店「オ・ブフ・ノワール」

写真まずはフォアグラ。まな板で豪快に出てきた

写真アルザス風シュークルートは山脈のよう

写真「アルザス流パスタも召し上がれ」。取り分けてくれるディディエ

写真クグロフ型のラムレーズン・アイス=いずれもフランス・アルザス地方オベルボロン村

 

 フランス・北アルザスの美しい村に、そのレストランはあった。「オ・ブフ・ノワール」。黒牛との意味で、入り口近くの壁に「1555」とあった。建てた大工さんが刻んだという。築450年になる。元々は肉屋だったから、肉切り包丁も描かれている。3階はある立派な店構えは村の紹介冊子にも登場する。

 オーナーシェフのディディエが迎えてくれた。京都でアルザス料理店を開くアキコさんの夫ルークの幼なじみになる。「ディディエの作るシュークルート、すっごくおいしいんですよ」。アキコさんから聞いていた。ならばよそでは食べないでおこう。ワイン街道を旅行中、ずっと頼まずにいた。キャベツの酢漬けに豚肉やソーセージがたっぷり入ったアルザス名物を、いよいよ味わえるんだ。

 お昼どきのレストランに入る。客は1人もいなかった。古いランプが天井から下がる。団体向けの部屋には100人以上、入りそうだった。たった1人で厨房を仕切っているなんて。テーブルクロスは黄色や緑でふぞろいで、壁もレンガがむき出しだったり塗り壁だったり。いかにも田舎っぽい。でも野暮ったさがいとおしい。そんなしつらいだった。

 ディディエは15年ほど「オ・ブフ・ノワール」を営んだが、店を手放すことに決めたという。えっ、そうなんだ。

 午後1時、まもなく日本へ拠点を移すアキコさん夫妻の送別会になった。「さぁ、食べて食べて」。ディディエがやってきた。フォアグラが載ったまな板を手にしている。1切れつまむ。うそー、おいしい。倒れそうになった。夢のようにトロリとやわらかい。なじませた3種類のお酒が味をふくよかにしている。どんな高級レストランだってかないっこないわ。

 自身の店でもフォアグラを出すつもりのアキコさんは、秘密を知ろうと真剣に質問している。私はヘェー、ハァーと感心するばかり。どんどん手を伸ばす。「最後の1つ、どうぞ」。はーい。遠慮せずいただいた。

 「天気もいいし外で食べましょう」。裏庭にパラソルを張る。よっこいしょ。テーブルを6人で引っ張り出す。厨房ものぞかせてもらおう。使いこまれた緑の大きな土鍋が湯気を立てていた。「おばあちゃんの代から使っているんだよ」。ふたを開ける。ほんのり甘い香りが立つ。キャベツの酢漬けが山盛りだった。

 ディディエは30分後、大きな銀の皿を手に現れた。ババーン。青空にファンファーレが鳴った…ような気がした。キャベツなんて見えない。豚肉にソーセージ、つみれ、ハムが延々と連なっていた。まるでシュークルート山脈だわ。日本だとゆうに10人分はありそうだ。

 アルザス風パスタ(シュペツェレ)と一緒に皿に取り分けてもらった。マスタードの壺が回ってくるのが待ちきれない。「ふるえる~」。同行のドイツ語通訳マリコさんが叫ぶ。どれどれ。キャベツからほおばった。ほわっ、ふわっ。えっ、軽い。千切りがやさしくほどけるよう。酢漬けキャベツというとベチャッとしたのが多いのに。味もまろやかで、ほどよい酸っぱさがお肉によくあった。見た目はボリュームたっぷりだけれど、蒸し煮だからいくらでも入りそう。こんなにおいしいシュークルートは初めてかも。もう味わえないなんて…。しっかり覚えておこう。

 デザートはクグロフ型をしたラムレーズン・アイスだった。カリカリのメレンゲと生クリームが添えてある。ほんのりとラムのきかせ具合が絶妙だった。あぁ本当に私好み。身もだえする。食べた3品のどれも、どんぴしゃり。しみじみおいしい。どうしてこんなに胸を打つのだろう。友人のために作った料理のせいだろうか。

 ディディエの妻シルヴィがアキコさん夫妻へプレゼントを渡す。かわいい真っ赤な鍋だった。コバンザメ旅行者の私とマリコさんにまで、特産のクグロフ型とワイングラスを贈ってくれた。手ぶらで来たことを悔やむ。

 勘定を申し出た。「6000ユーロ!(80万円)」。ディディエが笑って言った。あわわ、それはちょっと無理。「よしわかった。3000ユーロ」。それじゃあ3カ月ぐらい皿洗いしなくちゃ…。「いいんだよ、きょうは」。やさしく言われた。申し訳ない。

 食後に6人で村を散歩した。赤やピンクの花が咲き乱れる。80歳ぐらいのおばあちゃんが水をくんでいた。飼っているウサギ26匹の飲み水という。マリコさんがドレスデン在住と知ると、彼女はドイツ語を操った。「そう。私のおじさんはね、戦争中にドレスデンに連れて行かれたまま帰って来ていないんだよ」。声が出ない。いまは平和そのものの小さな村で、しんみりする。

 ディディエは若いころから苦労してレストランを営んできたという。歩きながらまたしんみりした。「本当に真っすぐな人たちなんですよ」。アキコさんは言った。店を辞めたら後輩を指導したり、相談に乗ったりする仕事をしたいという。「ルークの店を手伝いに、京都に半年ぐらい行こうかな」。冗談半分なのか本気なのか…。ほおを寄せてビズを交わしながら言った。でも必ず来てね。お礼をさせてほしいから。そしてあわよくばまた、シュークルート山脈を仰ぎみたいから。

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