2009年7月21日 筆者 京橋玉次郎
茶そばであるようなないような
この店の蕎麦はどう見ても茶そばだが、店のおやじは「そうでない」という。おかしなことを言うおやじだと思ったが、とつとつと語るその言い分を聞けば少しは納得できる。終戦直後、食糧事情が悪くてそば粉も粗悪なものしか入手できなかった混乱期、少しでも旨く食べてもらおうと蕎麦を打つ際茶の粉を入れた。それをそのまま続けてきただけだから、風流や嗜好としての茶そばとは違う。言い分を要約するとそういう事らしい。
「更科粉だと香りがなさ過ぎ、外側まで挽いた粉だと強すぎるので難しい」などと言いながら宇治小山園の抹茶を打ち込んでいるのだから、立派な茶蕎麦だろうに・・・と思いもしたが、おやじの考えも潔い。見方によっては欲がないというか偏屈というか、はたまたある種の美学ともいえるか。当世、羊頭狗肉とまで言わぬまでも、針小棒大やや誇大気味に宣伝する傾向のある飲食業界において、なんと奇特なことか。
昔ながらの出汁
本日食したのは天ぷら蕎麦。蕎麦の形状は更科風でやや細めで腰が強くのど越しはなめらかだ。相当に腰が強いので人によっては好みが分かれるかもしれない。ただ、茶そばとあって蕎麦そのものの香りにおいては、通常の蕎麦と比較して分が悪い。てんぷらはエビと小柱の2種類があるが圧倒的に小柱、つまり青柳の貝柱のかき揚げに人気がある。
そのかき揚げは大振りの蕎麦猪口に半身を沈めている。つゆはカツオとサバだけで出汁をとっており、その他の化学調味料等も昆布も使わない昔どおりのやり方を続けている。うまみが変に舌に残ることもなく、味の切れが良い。
創業115年
表の格子戸の名残など、風雪にさらされ骨と筋を浮かび上がらせたすこぶるつきの年代ものだ。入り口の戸柱など使い込まれて2センチほど磨り減っていたが、これはさすがに最近新しくなった。店内は小ぶりな4人掛けテーブルが5、6と、いたってこじんまりしている。厨房におやじさんと息子、配膳は愛想も手際も良い若い女性。看板娘かと思っていたが5代目の嫁さんで文字通りの家族経営だ。
初代が、働いていた製粉屋の社名「あさだ」をもらって蕎麦屋を開いたのがそもそもの始まりで、明治25年のこと。以来115年、八丁堀の地で地道に蕎麦屋を続けている。当代のおやじ中田さん(67)は4代目。もりとかけは450円という、駅の立ち食い蕎麦並みの価格も先代に言われたとおり守り続けている。
玉子焼き異聞
ところで、神田の某老舗蕎麦屋に評判の玉子焼きがある。小判型のそれで通人には知られている。その玉子焼きの道具を考案したのがあさだの先代。当時あさだでは多少の料理も出していてその一品が玉子焼きだった。小判焼きと称し、卵に鶏肉を入れて焼き、オロシをかけて食したらしい。評判を聞いた件の某老舗の方がこの焼き型を借りていって、それを元に同様の型を作ったという。あさだではいまはその道具は使っていない。
店から数十メートル東京駅方角へ鍛冶橋通りをすすむと与力・同心組屋敷跡という碑がある。明治25年といえば維新はそう古いことではない。十手、取り縄を返上した同心、岡引がうまくゆかぬ生業の愚痴でも言いながら、あるいはここで1杯やっていたかもしれない。などと想像しながら蕎麦を手繰るのも一興だ。
- 【お店データ】
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あさだ
東京都中央区八丁堀3-12-6〈地図〉 03-3551-5284
営業:〔平日〕午前11時~午後7時30分、土日祝休み
<本日食したランチ>
天ぷらそば 850円
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