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2008年02月18日

 ロンドンを5年ぶりに訪ねた。初乗り4ポンド(850円)の地下鉄によろける。宿代を浮かせるため、高級住宅街ハムステッドにあるジャーナリスト・ユリコさん宅に転がり込んだ。彼女とは初めて会った。本を出した縁で、文藝春秋のエライさんが取り持ってくれた。メールを読む。「もうける気がサラサラなくて貧乏旅行専門」と私が紹介されていた。そんなつもりはないんだけどな。



ユリコさん手製キジのロースト、ブレッドソース添え


市民農園のチェアマンを務めるデニスさん


農園にはバーベキューエリアも=いずれもロンドン・ハムステッドで

 ユリコさんはオーブンでキジを焼いている最中だった。ロンドンの前に泊まったリヨンの民宿で作ったフォアグラのテリーヌ2本を冷蔵庫に入れてもらう。1本だけユリコさんに、もう1本は日本まで。「今夜は『どイングリッシュ』よ」。伝統的な英国料理作り、手伝います。古い料理本を見ながらブレッドソースを作る。パンをちぎって牛乳とクリーム、クローブとタマネギを入れて煮る。なんだか作りかけのハンバーグのタネみたい。刺身と醤油のようなお決まりだから尊重しよう。夫デニスさんと一緒に食卓を囲む。元フィナンシャル・タイムズ記者で、いまは畑いじりに凝っている。歩いて10分のところに市民農園があるという。田園調布のような街のどこにあるんだろう。

 居候のお礼を渡す。グラニュー糖入りの抹茶パウダーはユリコさんに頼まれていた。溶かしたヴァニラアイスに混ぜて凍らせるとイギリス人にウケるらしい。抹茶マドレーヌのレシピと抹茶缶も持ってきた。ユリコさんは翌夕さっそく、抹茶と粉をボウルに混ぜて作り始めた。「どうせならセンセーがいる間がいいと思って」。役立ってうれしい。卵と溶かしバターをゆっくり混ぜる。そうそう、その調子。「貝型じゃないからマドレーヌとは言わないわね、抹茶ケーキね」。

 この日の夜は「どフランス」になった。車で買い出してきたフランスのカモのコンフィ缶を開けてくれた。カモ脂はいつも捨てているという。もったいない。南仏の民宿で覚えた「ジャガイモのサラデーズ」を作らせてもらう。イモを切ってカモ脂でじっくり炒めるだけだ。カリカリしておいしいと喜んでくれた。「一夜の宿のお礼に料理教室を開く。これで世界中、渡り歩けるわよ」とお墨付きをちょうだいする。

 ロンドンを去る朝、夫妻が畑へ案内してくれた。傘もさせないほどの大雨の中、坂を登る。「いやぁ、いい天気だね、チカコ」。デニスさんが真顔で言うのがおかしい。ジャグジー付きの屋敷マンション隣にぽっかり、緑の一角があった。資産家が地域のために遺した土地という。ただし遺書にはっきり示されず10数年前、区が高級マンションを建てようとして論争になった。弁護士やジャーナリストらといった口うるさい住民が大反対し、新聞にも載ったという。最後は区が折れて菜園として使い続けられることになった。

 1人あたりの畑は私の長屋の庭と同じぐらいだろうか。バーベキューができる場所もある。アフター土いじりも楽しそう。30人ほどで耕していて、200人以上が順番待ちをしているという。かかるおカネは管理費のみで年20ポンド程度(4200円)、それも60歳以上は半額だから人気も分かる。せっかくの畑をほったらかしにした3人は退場してもらったという。

 デニスさんはネギらしき野菜やズッキーニに加え、謎の「東洋の野菜」を育てている。何だろう。ユリコさんが「食べたら分かるかも」というので、葉っぱをかじった。ちょっと苦い。また来たら収穫したのを食べさせてもらおう。

 ハムステッド駅から地下鉄に乗って気づいた。しまった。フォアグラ、冷蔵庫に忘れたー。どうしよう。スーツケースを転がして取りに戻ろうか。フォアグラは惜しい。また4ポンドも払ってロンドン交通局に貢献するのはもっと悔しい。ハーッ。席に座り直した。さようなら私のフォアグラ…。
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