2009年6月29日 筆者 多田千香子
スフレンハイムの陶器工房。お菓子の型を壁に飾っている
伝統のモチーフも店によって少しずつ違う=仏東部アルザス・スフレンハイム村
ワインを語るアルベール
「アルザスのワインは世界一」。情熱を語るアルベール
旅の友マリコさんと=仏東部アルザス・ミッテルベルゲイム村
「掃除機(アスピラトゥール)チカコ」。仏東部アルザス名物タルト・フランベを板ごと食べそうな私を、アキコさん夫婦はこう呼んだ。いえいえ、大食い自慢しにドイツ国境近くまで来たわけでは…。2人が開く料理店準備ツアー、はじまりはじまり。特産の白ワインや器を品定めしたい。アルザスのシンボル・コウノトリが舞うワイン街道を突っ走る。緑のブドウ畑が目にやさしい。
まず陶器村・スフレンハイムへ向かった。窯元が数十軒並び、手作りの器を直売している。備前焼の里で生まれた身としてはワクワクする。値札を見る。ストラスブールの土産物店の半値ぐらいだった。買いだ買い。おむすび大のクグロフ型を手にしていたら、アキコさんに呼び止められた。「私って全然センスなくて選ぶの苦手なんです。ちゃんと手伝ってくださいね」。滞欧14年で感覚がズレてきたうえ、センスのなさは母の折り紙つきだという。
美女が言うと説得力がない。謙遜(けんそん)しすぎでは…。好きなものを選んだらいいのに、との思いは1軒目で吹き飛んだ。木骨組みの家に、ハート形のモチーフやクグロフの型が飾られている。わあすてき。メークばっちりのアキコさんは口をあんぐりさせていた。「へー、そういうのカワイイんだー」。赤い水玉が飛んだ角皿を勧めても、信じられないようで凍りついている。
どんなのが好みなんだろう。「私、コレがいいと思う」。アキコさんはファンシーな豚の貯金箱をうれしそうに手にしていた。ドイツ語通訳マリコさんと仰天する。「わわ、気は確かですか」「心臓マッサージしよう」
見た目の女子力は高いのに、心の女子度はゼロなんだ。ようやくわかった。きつく言い渡す。「お部屋ならいいけれど、お店ではダメですっ」。ヘンなものを買わないよう、ちゃんと見張らなくちゃ。
それでもアキコさんは雪だるまや不気味な卵の置物を欲しがった。「それ絶対アウトですっ」「はがいじめしますよ」。言いたい放題で5軒ほどハシゴした。私の趣味をゴリ押しする。ピッチャーやマスタード入れ、飾り用の大きな型を買ってもらった。車のトランクがいっぱいになる。
ワイン農家も訪ねよう。ストラスブール大聖堂前でバーを営むベルナールが合流する。5人旅になった。「シルヴァネール(ワインの品種)の皇帝」といわれる作り手がいるという。面白そう。
ごめんくださーい。扉を入る。白い犬が走り寄って来た。ひえー、何するのっ。私のおしりをペロペロなめる。「ジョゼリンはやさしいから、怖がらなくて大丈夫」。犬の名を教えてくれたのが皇帝だった。保険会社のロゴ入りポロシャツを着ていた。オマケでもらったに違いない。しかもボタンを掛け違えていた。小柄でやせている。背中が丸くて暗い感じがした。この人が皇帝…。なんだか期待できそうにないかも。
第一印象は裏切られた。皇帝はアルベールと言った。語り出すと止まらない。「アルザスのワイン、それは世界でい、ち、ば、ん!美しいお嬢さんなんだよ、ウッハッハッ」。大きく腕を広げて顔を近づけ迫ってくる。ギョロリとした目玉が飛び出そう。いろいろワイン蔵を巡ったけれど、こんな人は初めてだ。10種類ほど試飲する。評判のシルヴァネールのうちの1種はかなり個性的だった。不思議とタクワンのような香りがした。まるで彼みたい。
絶妙の口上を聞く。「アルザスといってもね、北部のワインはスッピン美人、南部のワインは化粧したお嬢さんみたいなのさ、フッフッフッ」。フランス人も黙る話し上手アキコさんも度肝を抜かれていた。ほろ酔いも手伝って私も言う。「日本のテレビに出たら、絶対人気者になれると思う。あなたの面白さは動画向きだから!」。また会えそうな気がする。アルベールが京都のアキコさんの店で、ワインセミナーを開いたら最高だわ。ほおを寄せてビズを交わした。
「じゃあねー」。さっそうとブドウ農機にまたがり、情熱の人は村の路地を畑へ消えていった。ご主人のわきを犬のジョゼリンも走る。漫画を見ているみたい。つくづく絵になるな。
さあ帰ろう。見渡す限りのブドウ畑を戻る。車中でアキコ節がさく裂する。「ひとつ、人より力持ち~」。「いなかっぺ大将」だった。「カラオケで歌うんです、私。え、歌いません?」。アルザスで学んだ。皇帝アルベールといい女王アキコといい、見た目で人を判断しちゃいけない…。後部座席でしみじみしていたら、女王にひと刺しされた。「チカコさん、まだいちおう女でしょう!足広げて座らないの!」
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