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2009年7月26日

写真岩を抱きかかえるようにして生長したガジュマルの木。映画『真夏の夜の夢』(中江祐司監督)にも登場している

写真日曜の夕方。浜辺に行くと、のんびり釣り竿をたれていた

写真ザンゴの石垣が美しく積まれた島の集落

 「いいなあ」

 これで推定35回目だ。隣でため息混じりにつぶやく編集者の台詞である。先日3日間、『天然生活』(地球丸)という雑誌の仕事で沖縄県の離島、伊是名(いぜな)島に行った。食べては「いいなあ」、海へ行っては「いいなあ」、東京から移り住む女性の話を聞いては「いいなあ」。最後は、どこでも出されるさんぴん茶を飲んで、ひとりでつぶやいていた。「本当に良いなあ。住みたいなあ」

 想像以上のなにもかものゆったり加減に、思わず口から出てしまうつぶやきを止められない彼女の気持ちが私にもよくわかった。 

 でもね、と移住した人も、民宿のご主人も奇しくも同じことを教えてくれた。

 「なにもすることがないと、この島はきついです」

 時間をもてあましすぎて、しばらくすると、虚しい気持ちになってつらくなるというのだ。

 だからか、この島の共働き率は相当に高い。ほとんどの女性が、子どもを保育園や祖父母に預けて働きに出る。また、子供ができても働くという意識がふつうにあるから、身内もご近所さんも子どもの面倒をかって出てくれる。子どもは社会の宝という概念が昔からあって、1世帯あたりの出生率は国内でもトップ5にはいるそうだ。それだけ育てやすいということだろう。

 会社や役所以外にも、たいていの人が畑を持ち、家で食べる野菜は自分でつくっている。ほとんどの男衆は釣りをする。島には珍しく、山があり、沖縄県内では稀少な稲作ができる島として知られている。

 つまり、島民は老若男女、毎日やることがもりだくさんで、平日も休日も、まことに忙しいのである。

 忙しいから、ただ風にふかれているだけの心地よさや、波と白砂をみながら木陰で昼寝できる時間がありがたく思える。何もすることがなかったら、なにもかもがあたりまえになって、感動する気持ちも薄れる。そういうことを言っているのだろう。 

 移住した女性は、折を見ては島の戦争体験や歴史を聞いて歩いている。「そういうことを何も知らず、ただこの島時間や空や海の青さに惹かれて島に住みたいという外地の人がときどきいるけれど、それは島の表面しか知らないことと同じだと思う」と言った。本当にその通りだと思った。

 宿の窓がコンクリートの看板みたいなもので覆われていて「部屋が暗くなってしまうからもったいないですね」と宿の主人に言うと、「あれは風よけだからしょうがない」と一蹴された。「あんたらは、台風の凄さを知らんからよ。俺なんて体が1回宙に舞ったことがあるよ」。

 たった3日では、なにもわからない。住んでいる人だって、10年20年ではまだ新参者らしい。わからないけれど、この島が持っているおおらかな空気や風土は、理屈抜きに旅人を解放させ、ガチガチにこわばった心を解きほぐす力がある。24時間電気がともった街にはけしてない、ゆたかで美しいものがあることぐらはわかる。だから、「いいなあ」が思わず何度も漏れる。

 島時間とかスローライフという言葉は苦手だけれど、この島にいると、自分の暮らしを振り返って検証したくなる。便利なものが幸せをもたらすのかという21世紀の命題を、または20世紀の宿題の答えをはっきりさせたくなる。

 また来ましょうね。島の人が手を振る港からフェリーで遠ざかっていく島を見ながら、編集者がつぶやいた。カメラマンと私は、「来ましょう、絶対に来ましょう」と答えた。帰り道はずっと島のことを話していた。

 東京に帰って、ネットで検索していたら、そういうのを「伊是名病」というのだと書かれていた。まさに私たちのことである。見事にたった3日間で、この病に罹ってしまったので、笑えた。

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