2009年8月24日 筆者 多田千香子
スギサマお手製「オクラのムスリム風炒め」
ベランダでステーキを焼く。こんがりキツネ色になーれ
ヒジキに大根サラダ…和の食卓
デリーのマーケットで。ターリー皿を買う筆者
ジャマー・マスジットで。ムームーのような、オバQのような服を着せられた4人=いずれもインドで
デリー最後の夜は「チリワインとバーベキューの夕べ」だった。スギサマの案内で郊外に住むテルさん宅に向かった。ミノリさん一家とパナマ駐在時代からの友人という。どちらも中南米が長く、海外暮らしは20年を超す。だからチリワインなんだ。ミノリさんは旧友のために、日本土産をエコバッグにぎゅうぎゅう詰めしていた。「コンニャク1枚だって、うれしいのよ」。しみじみ言った。
ナマステー。インド綿のクルタ服で上がり込む。午後5時、きちんとテーブルセッティングされていた。集まった8人で乾杯する。中南米の話になった。アルゼンチンの肉は世界一おいしいらしい。「日本のは薄くてステーキじゃない!」。テルさんの言葉に力がこもる。厚さは最低4センチ、重さは15オンス(450g)が普通とか。血のしたたるソーセージ・モルシージャも欠かせない。ミノリさんの夫アキチャンもなつかしそうだった。
まずテーブルに並んだのはザ・和食だった。塩もみしてから和えた大根とツナのサラダ。だし巻きは沖縄の天然だしを使って。やさしく炊かれたひじきの煮物。ネギをのせた冷ややっこ…。ここがインドとは思えない。
食材は数カ月に1度、バンコクまで買い出しに行くという。8人の中で唯一、日本に住む私が大食いして申し訳ない…と言うわりに箸は止まらない。芸達者ぶりをほめると「これぐらいどうということは…。単身赴任が長いから」。こともなげだった。
テルさんは牛タンを盛った皿を手にベランダに出た。炭火でサッと焼く。塩をパッとふる。すぐにいただく。潔いほどシンプルだった。うーん倒れそう。おいしい。
めくるめく「牛祭」は続いた。サーロインの山が出番を待っていた。ひゃー分厚い。バンコク伊勢丹で買った特注品だった。店頭にあるのは厚さ2センチ。わざわざファクスで「4センチで」と頼んでカットしてもらうのだそうだ。日本人には15オンスは平らげられないから半分に切って。それでも200g以上はある。
「ベランダ焼き」に見入った。米国の高級ステーキチェーン・モートンズと、アルゼンチンで通った店で覚えた合わせ技だという。まず鉄板の上でじっくり焼く。ジュー、ジュー。肉汁をしっかり閉じ込める。網にのせたら豪快に焼きつける。手伝わせてもらった。ボォー。脂が落ちて炎が上がる。いかにもおいしそう。
ガリガリと塩・コショウする。とろけそう。のどを通すのがもったいない。神聖とされる牛は食べないインドで、人生最高のサーロインを味わうなんて。「仕事がクビになったら、インドでステーキハウスでも始めようかな」。テルさんは冗談めかして言った。
世界を転々としながら危険な目にも遭い、それでも自分らしく楽しむ。ミノリさんもアキチャンもスギサマもそうだ。すごいなぁ。テルさんは「いや、仕事だから」と繰り返した。企業戦士。ほとんど絶滅危惧語が頭をよぎる。グッときた。えらいな。健気だな。会社から脱走した私に言われてもうれしくないだろうけれど…。
ステーキ祭りの翌朝、スギサマはおかゆを炊いてくれた。夕食で残った豚肉のしゃぶしゃぶを刻み、薬味に変身させていた。さすがギョーザ屋志望、手慣れている。お得意の「オクラのムスリム風炒め」のレシピも教わった。玉ねぎとオクラを唐辛子で炒めるだけ。簡単でおいしい。買えなかったのを知ってか、インド料理に欠かせないムング豆など食材も持たせてくれた。
最後にインド最大のモスク・ジャマー・マスジットへ出かけた。女性は半そでがダメで長い上着をかぶせられた。妙にハワイアンというか、オバQというか…。化繊だから暑くてたまらない。汗だくで塔に登る。高さ40メートルに吹く風が心地いい。降りたくないな。帰りたくないな。
のんびりしすぎてデリーの台所・INAマーケットでの買い物は30分勝負だった。天井までぎっしり道具が並んだ台所用品店に突進する。定食用ターリー皿を買い、スーツケースに詰め込む。スギサマと握手して別れて空港へ。日本式の別れは、あっけない。こんなにお世話になったのに。「そうだね。最低でもハグはするよね」。ミノリさんの娘サオリちゃんも言った。
ミノリさん一家と成田で別れる。1人ずつ抱き合った。「チカチャン、一緒に来てくれてありがとう」。マユちゃんが言った。ホロッとくる。家族旅行に飛びついた、とんだお邪魔虫だったろうに。「また世界のどこかでねー!」。
インドより蒸し暑い京都に戻った。テルさんからメールがあった。「実は出し忘れが一つありました。サワラの西京漬けです。もちろんインド産サワラです。次回、来られたら出します」。あーあ、本気にしますから。うれしくて腹筋がふるえる。また行かなくちゃ。
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