2009年11月6日

写真家にそれぞれの家族の顔がにじみ出ます

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写真いろんな表情のふくよかな笑顔の家々

 ちょっと目を閉じて、昔の生家を思い出してみます。窓は雨戸と障子で、サッシはおろかガラス戸などなく、そのすき間からスースーと風が入ってきたものです。寒い朝、家族は朝起きると火鉢や炉端に集まり暖をとりました。食事もおやつの時間もその炉に集まり、みそ汁をすすり、アユや五平餅などの串を焼いて食べました。

 なかでも、炉の灰の中に埋めたサツマイモが最高のおやつでした。その焼き芋の大小をめぐり、兄弟で大きいの、小さいのとけんかをしたものです。夜は、そこにつるされた裸電球一つに家族が集まり、ラジオを聴き、本を読み、縫い物をしていました。宿題は明るいうちに済ませておかないと、夜はとても暗くてできませんでした。「蛍雪時代」とはよく言ったものです。

 入浴時間ともなると、離れの五右衛門風呂のおけに井戸から水を運び、涙を流しながら薪を燃やして、カンテラの明かりの下で入りました。もちろんトイレはお決まりのように「廊下の端の突き当たり」で、その下には肥えだめのカメがあり、ポットン……。くみ取り口から漏れる明かりと北風の中で目を閉じて、歯を食いしばって用を足していました。

 なにも大昔の話をしているのではありません。ほんの50年ほど前、この私が育った家の現実の話です。よほど貧しい家に育ったのだなと思われそうですが、さにあらず。自分で言うのもはばかりますが、わが家は地元ではそこそこ(?)の家だったはずです。なぜなら周辺で初めてテレビが置かれたのもわが家で、近所や学校の友達を連れて来て整列させ、相撲などを見せたのを鮮明に覚えているからです。子ども心に、「これはわが家だ」といういかめしい家の“顔”があり風格もあったように思われます。

 今、ちょうど定年となった人たち以上の方々も、こうした風格を持つ家に住み、おおむね私と同じよう暮らしだったでしょう。それでも誰も不便で貧しいとは思わなかったはずです。その崇高な家の意味や体験について、だれも口に出す人は多くありません。私はそこが間違っていると思います。

 ポットン便所でどうしたら「お釣り」と呼ばれるはね返しで尻を汚さないで済むのか。あるいは、今でこそ危険な練炭や炭団(たどん)や炭を使ったこたつの安全な使い方などさまざまな知恵がありました。屋根と柱だけの「傘の家」は、夏は開放して蚊帳の中で寝ます。あの畳と蚊帳の独特なにおいは、とても懐かしいものです。

 しかし、そんな時代に育った人に限って、そのことはおくびにも出さず、家づくりやマンション選びとなると、モダンな外観や設備がお好みなのだから不思議なものです。冷暖房の効いた高気密・高断熱の壁の家、いや「箱の家」となり、ハイテクの電化住宅を求めるようになりました。

 寒くて不便な家に対する反動だと思うのですが、すぐに家の中をオール電化にし、気密サッシに入れ替え、必要以上の省エネルギー対策を取ります。あの火鉢や炉端のだんらんはなくなり、兄弟はそれぞれの勉強机のある子ども部屋に分散され、やがて出ていき、家族はそこにいなくなります……。気づくと高気密・高断熱の広い部屋に、すでに夫もいない老妻が一人暮らすような家があちこちにひっそりとたたずんでいます。この時点で家族の顔が家から消え、そして夫婦の顔までもが消えようとしています。

 皮肉にもその高気密・高断熱のハイテクな家で、子育てが終わり、老いた親たちは暖房も冷房も使わず、小さなヒーターと扇風機で、ひっそりエコな暮らしをしています。

 都市は無秩序に膨張し、中心部分が老化し、ゆがんだ“しわだらけの顔”になっています。幸いなことに最近、その都心に若者たちが帰って来て、明るい“笑顔の家”が建ち始め、隣の老家もちょっとうれしそうです。

 次回はいよいよこのコラムも第300回。「これが“いい家いい家族の条件です」というテーマでお話しします。

 来る11月14日(土)14時より、東京・銀座8丁目の資生堂ビル9階の資生堂ホールにてシニア学会銀座サロン第3回講座で「60歳からの夫婦の家」をテーマにお話しする予定です。(03・5778・4728)までお問い合わせください。

プロフィール

天野彰(あまの・あきら)

岡崎市生まれ。日本大学理工学部卒。一級建築士事務所アトリエ4A代表。

「日本住改善委員会」(相談窓口・東京都渋谷区松涛1-5-1/TEL03-3469-1338)を組織し「住まいと建築の健康と安全を考える会 (住・建・康の会)」など主宰。住宅や医院・老人施設などの設計監理を全国で精力的に行っている。TV・新聞・雑誌などで広く発言を行い、元通産省「産業構造審議会」や厚生労働省「大規模災害救助研究会」などの専門委員も歴任。「日本建築仕上学会」副会長とNPO法人「国産森林認証材で健康な住環境をつくる会」代表。

著書には、新刊『建築家が考える「良い家相」の住まい』(講談社)、『六十歳から家を建てる』(新潮選書)、『地震から生き延びることは愛』(文藝春秋)、『新しい二世帯「同居」住宅のつくり方』(講談社+α新書)、新装版『リフォームは、まず300万円以下で』(講談社 実用BOOK)など多数。

天野さんへのご質問、ご意見は天野さんのホームページから

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